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 うまい食い方とまずい食い方  (村瀬忠太郎 蕎麦通 昭和5年) 

 すべての食い物には、それぞれ食い方があることは、世界各国ともに同一でる。礼儀作法の上からではなくて、ただ普通の場合の食べようを言うのだが、鮨には鮨の食いようがあり、天麩羅には天麩羅の食いようがある。つまり醤油とか汁とかによって、味を補って食うべき食品には、それぞれの食べ方に通があると言われている。  

 蕎麦だってその通りである。しかしその人々の好きずきで、食い方に規則も法則もあるわけではないから、どういう食いようをしても自由であるが、元来蕎麦の味を見るには、蒸籠に限られている。そして汁をどっぷりつけては駄目だと言われている。真実の蕎麦通には、ほんの汁をわずかにつけて、啜り込む味がなんとも言われないものとされている。

 しかし機械打ちの蕎麦は、汁がしみないで流れてしまうので、どうしても余計につける傾きがあるけれど、手打ちは、汁につけたところだけが、味を含むから、ちょっとつけただけでも、充分に味わわれる。

 それから真実の蕎麦通は、洗ったばかりの水の垂れるのは喜ばれぬ方が多い。蒸籠に盛って来たのを、五分でも十分でも置いて、水の切れたのを食うと、蕎麦特有の香気と味があるものだが、しかし同じ蕎麦好きでも、人おのおの嗜好が異なるから、一概には言われない。随分水の垂れるのを好む人も多い。

 ただ猪口一ぱいに蕎麦を入れて、汁の中でかき廻したものを、まるでかき込むように、汁といっしょに食べる人は、真実の蕎麦通でない事だけは事実である。こういう食べ方は、みていても決してうまそうには思われぬ。やっぱり蕎麦は箸にすくい上げたのを、ちょっと汁につけて、するすると啜り込む方が、どう見てもうまそうに思われる。一杯の汁で蒸籠三枚を食べるような上手なひともある。

 なかんずく、茶蕎麦には食べ方がある。これだけは知っていてもいいことだ。いうまでもないが、茶蕎麦は見た目にいかにも美しい色をしていて、食欲をそそられる。しかし色の美しいのを食うのではない。茶の香気を含んだ蕎麦の風味を賞玩するのであるが、これこそ水の切れるのを待って、熱湯を注いだ上で食うと、茶の香気が一段と高くなって、茶蕎麦独特の風味を発揮することが出来るのである。

 外国人でも、長く日本に来ている方には、日本人ほどではないけれども蕎麦を好む人が少なくない。池之端の蓮玉庵には、時折外国の方が見える。そしてその多くは、鴨南蛮を註文するのが、ほとんどお定まりであるそうだ。

 いかに不格好な箸の持ちようをして、すくいあげて啜り込む様子は、あまりうまそうな食い方ではない。日本人がマカロニをフォークで食う方が、はるかに器用であるということだ。

 私の店へも御近所の米国人と印度のサバウワルと言う方が折々見えるが、このご両人はいつも笊蕎麦の註文。食べ方だって至って器用な人で、わが国の半可通はとても傍へは寄れないほどの通ぶりだ。

 このように外国人も賞玩するようになったのだ。カレー南蛮なんて、悪どいものでなく、何かたとえ一種でもいい、外国の人たちに喜ばれる蕎麦を工夫する事が今に必要になるであろう。

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